北東北。
大分ごぶさたです。
6月下旬から更新してないすから丸々2ヶ月ですか。
なんちゅーか、いろいろあった2ヶ月でした。師匠と車で東京往復したり、小学生にお兄さん面してみたり。毎年恒例の夏の実習なぞもございましたな。ひじょ〜に暑かったです。あーそうそう、軽く人生の岐路もありました。「軽く」とか言ってるから獅子座はダメなんでしょうな。
「暑い夏」、毎年経験しているはずなのに割と忘れちゃってるものですが、今年のクソ暑さはなかなか忘れられなさそうです。
閑話休題。
ここ数年まともに盆に帰省してない僕ですが岩手に帰省もしてみました。弘前経由で。ちょっと聞くと意味不明な北回り航路ではありますがね。なかなか楽しい旅でした。具体的には学友&その彼女さんと飲んだり、観光中ねぷた村でインキーしたりしてました。音に聞こえし禅林街なども盆まっただ中ということでにぎわっておりました。弘前行ったのは高校時代から数えてまだ4,5回目くらいですがやはり大好きな街の一つです。控えめなエゴイズムとかが。
予想外にハマってしまい思わず金魚ねぷたを購入して帰ってきました。

定番の弘前城です。

弘前公園内のアイス屋さんです。秋田あたりでは「ババヘラ」と呼んでますか。当地では「チリンチリンアイス」などと呼ぶそうです。売ってる人はババもジジも両方おりました。「女性の農閑余業」などと位置付けられたりしますが、そう言ってしまうと素っ気ないかなーとも。
名残を惜しみながら弘前を離れ、盛岡で墓参り。
狙ったわけではないのですがちょうど舟っこ流しの日でした。
説明が面倒なので初対面の人には出身地を「盛岡のあたり」と適当に御茶を濁している僕ですが、実はこれまで舟っこ流しなるものを見たことがなかったのです。母方の実家のすごい近所で行われているにもかかわらず。連れもいたので「折角だから」ちゅなもんで見て参りました。
軽く舟っこ流しを小バカにしてたとこもありましたよね、実際。写真やテレビで見てる限りでは、松島のおもしろ観光船みたいな風貌ですし。

今回初めて間近で見て、かなり印象変わりました。
舟の中には墓石(を模した張り子?)が鎮座し、遺影や戒名の書かれた吹流や符が所狭しと密集してる。それを川に流して花火をバンバン上げて燃やし尽くすっつー豪快ながらも切ない行事だったんですな。
引き続き灯籠流しや花火大会などが行われ、盛岡の夏の風物詩を満喫して仙台に戻って参りました。
2008年08月27日 旅行記 トラックバック:- コメント:0
そういえば韓国に行っていた件。
大学院関係のイベントで一週間ほど韓国へ行っておりました。今回で3度目。
生活する上で必要最低限の言葉は覚えつつある気分。
こうなってくると結構楽しい。
今回の旅程は仙台→ソウル→済州島→晋州→釜山→ソウル→仙台。
済州と釜山以外は博物館・史跡見学程度。
済州では師匠の韓国時代の姉弟子たちと再会。
なんとかお礼の気持ちを、と思い渡世人よろしく手ぬぐいなどをお渡ししたのだが、遠慮なのか本気で嫌がっているのかわからないリアクションをされ少し複雑。届け、心。
今回の済州島訪問はヨンドゥンクッ(ヘニョクッ)と呼ばれるいわゆる海女の豊漁祈願祭の調査が目的であった。詳細は報告書などに記載するが、とにもかくにも印象的というか新鮮。
というのもシンバンと呼ばれる宗教者が祭壇の前にて神事を行い、海女たちはその後ろに控え見守るというのが俯瞰的な姿なのだが、それぞれの動きのギャップがとても大きかったように写ったのである。
神様を降ろしたり、神歌を唱え、舞うシンバンの後ろで海女たちはストーブにあたりながらお菓子をほおばり、茶をすすり、歓談に興じる。だが、占いの際はすごく熱心に神の言葉に耳を傾け、踊りまくる。カラオケで人の歌のときはあんま興味なくおしゃべりしてるけど自分の番になるとノリノリで歌うみたいな。ひらたく言うとそんな雰囲気。
雑多で規範がないのかっちゅうとそうじゃなくて締めるところは締めてるんだけど、基本のんびり。
こーゆうものなのだろうと理解してしまえばそうなんだけど、それまでの経験とかが全く通じず、不安とワクワクが混在してた、というのが調査時の率直な気持ち。「ここで撮ってて大丈夫だべか・・」とか「前に出て大丈夫だろうか」とか。やっぱ怒られるときゃ怒られるわけで。「そのときは謝って直せ」という師匠の指示に終始するんだけど、なんともはや。おっかねぇ。こーゆうとき醍醐味感じるw
前々回は飲み過ぎでほぼグロッキー、前回はトウガラシで尻の粘膜を痛めた。
今回は事前に正露丸をしっかり飲み、酒も適量を守った。食に関しては余裕を持ってのぞめたと思う。
次は個人的に慶州へ行きたいなと画策。
2008年03月22日 旅行記 トラックバック:- コメント:0
続・上京?
酒も飲まずに館●の夜は更け、僕は寝たんだか寝てないんだかわからない雰囲気で朝を迎えた。というか部屋の外で働き者がうるさくて怖かったんだ。
カーテンを開けると漁に向かう漁船がすごい勢いで疾走してる。
そう、眺めは悪くないの。貞山堀みたいな眺めだけど。
起きがけに「大浴場」とは名ばかりの風呂に入り、コンビニで買い込んだおにぎりを食らう。
試験時間に合わせてお勘定。
この時、今回最大の憤りを感じたのだけれどそれはまた別の話。
さようなら**旅館。
覚えてろ。
やはりこの日も暑かった。
テクテクテクテク、試験会場に向かう。
15分か20分ほどで到着。
すでに受付開始を待つ受験者がたくさんいた。
先輩Kさんもいた。
滞りなく(?)試験を終えた。
「あれで受かってたらむしろ試験問題の方がおかしいなだな」の心境で会場を後にした。14:30。
せっかくなのでお祭りを見て帰ることにした。
それを見越して帰りのバスの時間も遅くしたのだから。
試験疲れで「あっついし、早く帰りてぇな・・」と思った自分は無視した。
お囃子の音の方へ歩いていくとすぐ山車が見つかった。すごい人出。
この祭、6つの「部落(と言っていた)」の神社の神輿と山車が鶴谷八幡宮に集結するという師匠の研究で聞いた郷祭のようなタイプのものだった。
僕が見たのは八幡宮に最後に入る部落の山車が順番待ちをしていたところだった。
八幡宮の方へと近づくと人は一層多くなり、出店の数も凄まじい。
耳に聞こえし移動式のお化け屋敷を初めて見た。
お化け屋敷を撮ろうとしてカメラのバッテリー切れに気付く。
「電池を買わねば」とコンビニを探してウロウロ。
割と近くに町の電気屋さんがあった。
ごめんくださ〜い、と入った瞬間店内の目が僕に集中してまずびびる。
祭衣装を着た面々がたくさんいた。どうもこの店は神社に近いこともあって、加えてクーラーもあるちゅうことで格好の休憩場になっていた様子。
店番らしきおばちゃんを見つけ電池が欲しい旨伝える。
おばちゃん「あんたどっから来たの」
おれ「仙台っす」
おばちゃん「(店内の人らに)このお兄ちゃん仙台から来たんだって!」
そんな、速攻伝えなくても・・・。
ワラワラと集まってくださった。
「遠くからよくまぁ」ちゅなもんでビールやら寿司を食わせてくれた。
ようやく千葉で人の温かみに触れた。
いつもの習性で小一時間ばかし祭のお話を聞いた。地元のテレビ局で放送する祭の番組を録画して送ってくれることに。しかし、どうも腰を上げるローカルタイミングを逸したようで「おれらに付き合ってねーで早く行け」的なノリに。ここらへんはまだよくわからない(笑)
神社へ行ってみると山車が全て拝殿脇に集結してそれぞれの山車が違う囃子を奏でている。壮観の一言。同じく拝殿脇に集められた神輿に向かってたからそーゆうアレなのかな。
その後、山車が一基ずつ神輿前、他部落の山車前、拝殿前を巡り、帰って行く。

各山車は30〜40人の引き手が人力で引く。
末端は女衆、山車に近い方は男衆が縄をもつ。
境内は舗装されていないのでよく進まなくなる。
そのたびに鬼気迫る叫び声や笛の音が響き渡る。

男衆は皆真っ黒に日焼けして漁師風というかトラック野郎風というかでマジおっかなそう。でも超かっこいい!なんつーか、粋!!エネルギーをぶちまけてる感じ!遠くから見に来る人の気持ちもすこしわかった。
全ての山車が帰る様を見届けていたら、バスまでの時間がのこりわずか。
駅へ早足で向かう。
鯨肉の大和煮と枇杷ゼリーを土産物屋で買ってバスに乗車。ギリだった。
帰りのバスはそれほど混んでおらず、ゆったりと過ごす。
アクアライン含め、高速道の渋滞に遭い、海ほたるは寄らず。
いいけどね・・・。
東京着。19:00。
駅内の博多ラーメンを食う。
八重洲ブックセンターや有楽町のネットカフェで時間を潰す。
「酒が飲みたい!」と思うも店がわからず断念。
下調べの甘さを痛感。
23:00発、スイート号。
学生証が見つからないプチトラブルがあったが無事乗車。
夜行便はまったくすることがない。爆睡。
以前乗ったときは2時間おきに止まっていた気がするが今回は埴生SAのみ停車。
6:00頃、仙台着。雨。
びしょ濡れで帰宅。
そんな週末。
2007年09月16日 旅行記 トラックバック:- コメント:0
上京?
どーも。
暑かったり寒かったり、ほんとにもう・・・。
体調崩しそうですよ。
先週末、安房国、館●市の採用試験を受けるため上京しました。
東京なんざ一昨年の学会以来じゃあるまいか。
相変わらず渡航の手配が遅れに遅れて木曜日。
いろいろ宿泊やら移動期間への申込をする。
問題は宿泊場所だったのだけれど別にシーズンでもなかったので小綺麗で人気のあるとこ除けばすぐ見つかった。素泊まりで3500円〜。
移動手段は結局いつもの高速バス「スイート号」今回は昼行便にした。
最近学割もできたそうでいつもよりも千円以上お安くなった。助かる。
んでもって東京から千葉への移動は高速バス「房総なのはな号」。
ネーミングセンスを疑うようなバスだ。
アクアラインを通るちゅうことで結構楽しみにしていた。
んで出発。11:00発。
国見SAで気付いた。真夏日らしい。
ましてやおれ南下。もっと薄着すりゃよかったと後悔。
至極順調にスイート号は走り、予定30分前に八重洲到着。
早く着くのはいいのだが、なのはな号との接続に余裕みすぎて中途半端な時間が発生。1時間以上エクセルシオールで過ごす。東京駅周辺で時間潰すのにいつも困る。なんとかならんもんか。
房総なのはな号乗車、17:20発。
幸い僕の隣は席が空いたのでよかったが、ほぼ満席。
隣に誰かいたらつらいだろうな〜と思いつつ出発。
南房の人々の日常の足としてもっぱら活用されているらしい。
そりゃそうだ。
レインボーブリッジやらお台場を初めて見た。
フ●テレビ社屋、思ってたより小さかった。
とはいえ東京の大都会っぷりに圧倒される。
「東京の人は何でもできるんだろうな」と何かションボリ。
海ほたるは、磯臭い駐車場だった。
房総半島上陸。
「あれ?」みたいな。
基本真っ暗。灯りと言えばラブホとパチ屋。
東北の国道沿いとあまり変わらないね。
湾の西と東ですごいアレだね。
そりゃ作るよね、道路ぐらい。
日も暮れてあまり景色も見えない。でも勉強に集中、できず。
あれれ、道路沿いにヤシの木が見えるよ。
思えば遠くへ来たもんだ。
東京から2時間かかって館●駅到着。19;30。
宮古島の空港って小さくするとこんなかなっちゅー南国風の駅舎。
まわりには申し訳程度に土産物屋と寿司屋と不動産屋が点在。
全部閉まってた。なんか、、不安になった。
しかもその日は有名な鶴谷八幡宮の例大祭。
遠くから太鼓の音が聞こえる。
近くじゃ祭の衣装着たヤンキーがたむろってる。
そんな街中を離れ、歩くこと10分。宿に到着。
直前だったこともあり空いてて安ければいいやと何も下調べしなかった。
すごい大失敗だった。
いや、正確には同じく試験を受ける同輩Mのせいだ。
うっかりヤツに「どこ泊まるの?」と聞かれ素直に教えちまったのがいけない。
恨み辛みはまたいつか書こう・・・。
とにかく、山谷、、とまでは言わないけれどそーゆうとこにありそうな労働者向けの安宿って風情。
裸のオッサンが部屋のドア開けてくるし(カギがない)、酒盛りがうるさい(壁が薄い。壁ってゆーかパーテーション)。
今度からは交通費はケチっても宿泊費は絶対にケチらないゾ、と誓った。
30分ほどしてMも到着。メシを食いに行く。
せっかくだからと豪華に地魚料理なぞを食う。
旨いか?ちゅーとそうでもなかった。
志津川が恋しい。
宿に戻ってさっさと寝る。
−つづく−
2007年09月15日 旅行記 トラックバック:- コメント:0
近況。
韓国に一週間ほど行っていたのです。
大韓民国に。
正直、今回の渡韓の位置づけよくわかってない。
名目だけはわかってるのだけど。
旅程はソウル→済州島→釜山→ソウルといった具合。
詳しい旅行記は後日に回したいと思いますよ。
済州が一番面白かった。
僕自身は2度目の韓国ということで割と余裕をもってのぞめる気でいた。
だが・・・。
同輩後輩6名&教員3名という布陣でのぞんだ韓国。
内、発熱2名、胃痛1名、慢性乗り物酔い1名、重度の花粉被害2名という惨事だった。トラブルもぼちぼち。
恐ろしい韓国・・・。
韓国は恐ろしい・・・。
いや、げに恐ろしきは穴掘り屋か。
今度は一人で行ってみよう。
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帰国翌日、今度はゼミの行事で隣県福島は会津若松へ一泊。
強行軍で観光もこなしたので軽い疲労を感じてます。
今度はもっとのんびりしたいな。
そうそう、会津土産の定番「白虎刀」は購入の際、学割が効くようです。
帰仙後、新しい手帳を買いました。
明日は全休。
すごい寝る。
2007年03月05日 旅行記 トラックバック:- コメント:0