時に三月も末である。
いよいよ年度も終わる。
「修論を出したらどこへ行こうかな?」などという甘っちょろい考えは黄砂と共に飛んでいった。
同じ境遇を過ごした仲間たちもおおむね進路を決め、仙台に残ったり、県外に旅立っていったり。
そんな中、3年の月日を共に過ごした同輩K嬢は我が故郷盛岡で就職。
僕の本籍地(ちなみに村ではない)の割と近所に居を構えたようだ。
やつは就活と家探しとハイペースに事を進めた。
精神的肉体的にボロボロになりながら「仙台を離れる実感が全くない」と卒業式の日つぶやいていた。
K嬢の引っ越しは昨日だった。
僕もタイヤ交換などの野暮用があったのでK嬢を盛岡まで送ることに。
仙台との別れを惜しみながら師匠宅に一礼。泉ICから高速道路へ。
道中はまれに見る豪雨。さすがは某祭礼調査を3年間雨でコンプリートした人物。
統計的にも節目節目に必ず雨を入れてくる。自他共に認める雨女。
水不足のひどい地域に行けば喜ばれるのに、と強く思う。
トラックの巻き上げる水しぶきで前が見えない中、いろんな話をした。
これまでの調査の話、研究の話、後輩・先輩の話、後悔してること、楽しかったこと、今後のこと。
バカ話もたくさんしたけど、虚飾も見栄もなく一番腹割って話せた学友もK嬢だったんだなと再認識。
「5年後は我々どうしてるだろうねw」なんつって盛岡到着。
案の定、新居の場所がわかっていなかったK嬢。
20〜30分ほど市内を迷走。
当方全く気にしていないのに段々とヒステリックに。
こうなるといかな助言も耳に届かず若干つらい。
そうこうしているうちになんとか新居到着。
だが1時間前に到着しているはずの引っ越し業者が着いておらずK嬢のパニックはピークに。
おっかないので早々に退散しようと思ったが、引っ越しの手伝いに来ていたK母のもてなしを受ける。
「何もありませんが、どうぞ横になっていってください」と広々とした床を指す。
心の中で爆笑しつつ、さすがに引っ越し前の友人宅でゴロゴロできる神経は保持していないのでご辞退。
面白い親御さんだ。
そんなこんなで業者到着。
女性の引っ越しに立ち会うのもアレなので入れ替わりにおいとま。
最後までドタバタなところがK嬢らしいと思う。
今後は盛岡で飲めると思うと少し楽しみだ。
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2008年03月27日 雑記 トラックバック:- コメント:0
そういえば韓国に行っていた件。
大学院関係のイベントで一週間ほど韓国へ行っておりました。今回で3度目。
生活する上で必要最低限の言葉は覚えつつある気分。
こうなってくると結構楽しい。
今回の旅程は仙台→ソウル→済州島→晋州→釜山→ソウル→仙台。
済州と釜山以外は博物館・史跡見学程度。
済州では師匠の韓国時代の姉弟子たちと再会。
なんとかお礼の気持ちを、と思い渡世人よろしく手ぬぐいなどをお渡ししたのだが、遠慮なのか本気で嫌がっているのかわからないリアクションをされ少し複雑。届け、心。
今回の済州島訪問はヨンドゥンクッ(ヘニョクッ)と呼ばれるいわゆる海女の豊漁祈願祭の調査が目的であった。詳細は報告書などに記載するが、とにもかくにも印象的というか新鮮。
というのもシンバンと呼ばれる宗教者が祭壇の前にて神事を行い、海女たちはその後ろに控え見守るというのが俯瞰的な姿なのだが、それぞれの動きのギャップがとても大きかったように写ったのである。
神様を降ろしたり、神歌を唱え、舞うシンバンの後ろで海女たちはストーブにあたりながらお菓子をほおばり、茶をすすり、歓談に興じる。だが、占いの際はすごく熱心に神の言葉に耳を傾け、踊りまくる。カラオケで人の歌のときはあんま興味なくおしゃべりしてるけど自分の番になるとノリノリで歌うみたいな。ひらたく言うとそんな雰囲気。
雑多で規範がないのかっちゅうとそうじゃなくて締めるところは締めてるんだけど、基本のんびり。
こーゆうものなのだろうと理解してしまえばそうなんだけど、それまでの経験とかが全く通じず、不安とワクワクが混在してた、というのが調査時の率直な気持ち。「ここで撮ってて大丈夫だべか・・」とか「前に出て大丈夫だろうか」とか。やっぱ怒られるときゃ怒られるわけで。「そのときは謝って直せ」という師匠の指示に終始するんだけど、なんともはや。おっかねぇ。こーゆうとき醍醐味感じるw
前々回は飲み過ぎでほぼグロッキー、前回はトウガラシで尻の粘膜を痛めた。
今回は事前に正露丸をしっかり飲み、酒も適量を守った。食に関しては余裕を持ってのぞめたと思う。
次は個人的に慶州へ行きたいなと画策。
2008年03月22日 旅行記 トラックバック:- コメント:0
左足不調。
どうも、僕です。
毎年のことなんだけどね。どうしたんでしょうね。
今年は、ヘルニア政府の大使の方が随分とおとなしい。
いつもこっちの生きる気力を削ぐことだけに専心して暴れてくれるのに。
あ、でもそれはそれでいいの。
体内の人とヘルニア政府の間でなんか取り決めされてんのかもしんないし。
こっちに迷惑かけてくれなければ全然オッケー。
「これからもうまくやってこーねー」みたいなね。
ただねー。
今年はまた違う人(痛み)が来ちゃった。ふくらはぎに。
国籍(病名)不明。しかも深夜未明。不審船来訪。
首相(僕)やっぱ寝てた。
でも関係各所では「帰っていただこう」とか、「まぁ、まずは落ち着いていただいて」みたいな相談というか交渉とかそーゆうのがあったみたい。
無意識に足の痛くない向き探してみたり、寝返り打ってみたりね。
テレビの屋内アンテナの向きいじる要領だす。
そーゆう閣僚の対応もむなしく、やっぱね、届いてたよ、僕の方にも。
突然の来訪者の叫ぶ声が。
病院行ったらね、あっさりわかった。
アレだって、「こむら返り」だって。
これまで交流無かった人っつのもあんだけど、やっぱ礼儀わきまえないで失礼しちゃった感じ。
湿布とかね、振る舞えば良かったんだね、とりあえずはさ。
知らない人でもとりあえずは挨拶みたいな、やっとけばよかった。
失敗失敗。
というわけで、湿布と痛み止めで小村さんは満足して帰ってくれた。
周囲の爆笑とか失笑とか「めったに出ない相撲のきまり技みたい」とかそーゆう反応がむしろ面白かったなーという感じ。
したらば今度は膝の方に来客。今度は鈍痛。
小村さんは一人だったんだけど、膝の方に来たのは随分大勢。
しかもどんどん増えてってね。びつくり。
こっちは都合あるっつか、「今ちょっとお相手できないんだー、ごめんねー」みたいな感じで言ってみた。優しめに。バンテリンだけ塗ってみた感じ。
でもそれがよくなかったのかわかんないけど
割と調子に乗る方々だったみたいで、速攻膝とか満員状態。
も、パンパンなって腫れてんの。「押すな押すな」って。
病院行ったらば「痛風かも」とかって。
「そんな立派な方とは存じ上げませんで」と平謝り。
結局は違ったんだけど、痛風だったらどうすんべってドキドキの今週でした。
ちなみにまだパンパン・・・。針刺したいくらい。
来週の渡韓大丈夫だろうか・・・。
2008年03月14日 雑記 トラックバック:- コメント:2